横須賀/2022/04/20

目的: はいふりとスローループの聖地巡礼を軸に横須賀を観光

9時前に横須賀中央に着いた、駅前でおそらく修学旅行生が班行動の注意事項のアナウンスをされていた、一日を通して割と彼らと会うことになった。行ってた人が多かったのか水族館の巨大ぬいぐるみを持ってる人がちらほらいた。

 横須賀中央の7つのバス停から正解を探し出すことに成功してバスで観音崎に向かった。観音崎は横須賀の東端、つまり三浦半島の東端にあり、東京湾で一番細い浦賀水道の管理を行う諸々の施設が置かれてきた歴史があるらしい。
 バス停を下りたあと南に下り、最初に県立観音崎公園の中にある観音崎灯台に向かった。スローループでひよりさんが思い出の場所として小春さんに紹介してたところがここで、日本に20個弱ある上まで登れる灯台の一つらしい。実際に登ってみると思ったよりも高く、南の岩場とか東京湾を渡るタンカーとかが見えた、雨が降っていて千葉まではよく見えなくて残念だった。下りて併設の資料館も見学した。この灯台は日本初の西洋式灯台で明治1年に完成したこと、ヴェルニーというフランス人が建造に尽力したこと、今の灯台は3代目のもので2代目は関東大震災の前年に立てられて翌年倒壊したことなどが説明してあった。灯台の技術面については、レンズがギザギザしているのはフレネルレンズというガラスが薄くても平行光線を作り出せるレンズを使っているからということ、昔はレンズを回転させるために重しを毎2時間上まで巻き上げる必要があったことなどが書いてあった。灯台はどちらかというと田舎にある近代化とはあまり関係ないものというふうに感じてしまうが、灯台を設置して船が安全に航行できるようにするということが近代化の端緒になっているのは確かになという感じだった。(灯台が近代化の象徴というか関係があるというのは潮騒灯台守の描かれ方でも感じたが)

 その後砲台跡に向かった。観音崎東京湾の要所でこの公園内にもかなりたくさんの砲台があるがそのうち北門第一砲台跡は灯台から切通しを通って行くことができる、地下には弾薬庫があったらしいが今は砲台を守る石とレンガの防御壁みたいなのが見れるだけだが、静かな森の中に捨てられた人工物があるのは趣がそこそこあった。

 公園を出て横須賀美術館にいった。2007年にできたらしく恐ろしくきれいで建築も楽しい感じだった、特に屋上に上がる螺旋階段と谷内六郎館の別室に行く庭園がクールでよかった。美術品はよくわからないが「ヒマラヤ」という題で壮大なヒマラヤの麓の街を描いたパステル画は人間の自然に対する理想の姿勢が見れたような感じがあり、よかった。
 その後バス停に行き(このバス停の椅子がソファで驚いた、おそらくその向かいの観音崎京急ホテルか後ろの防衛大学校が関係しているはず)横須賀中央駅に戻った。

 駅前に戻り、海軍カレーのお店に昼食を食べにいった。ここはひよりさんと小春さんがバイトをしていたところらしい。一階は売店で(ここにははいふりの巨大パネルが置いてあって嬉しかった、アニメでめちゃくちゃまちおこしされても居心地が悪いし飲食店にたまにアニメの紹介があるくらいがちょうどいいなと思ったりした)二階がレストランになっていた。海軍カレー(1430円!)を頼んだ、舞鶴でも海軍カレーを食べていて、おそらく横須賀のほうがおいしかったんじゃないかなという気がする(こういうお店って追求するのが多分味じゃなくて再現度なはずで、この姿勢は面白いと思う、このお店はオリジナルカレーもあってこれも気になる)。店内には軍艦の模型やZ旗旭日旗がありうお〜軍国主義みたいな気持ちになってしまうが、まあ一種の憧憬を持つのは当然だよなという風に思う(そういえば舞鶴の引揚記念館だとシベリア抑留の凄惨さを見た後に食べてるからうお〜海軍という気持ちにはならなかったな)

 その後三笠公園に行った。日露戦争日本海海戦の旗艦の三笠を陸に固定して、それを中心にした公園らしかった。艦橋や司令所の中まで見れるようになってたりかなり自由に艦内を回れてはいふりの解像度が上がって楽しかった(船は全然違うんだろうけど艦橋と他の場所との距離感とかがわかった)。
デカい砲を見ると気分が盛り上がる、地下......というかデッキの下は資料館っぽくなっていて旧海軍の歴史や日本海海戦での大勝利の解説をやっていた。
全体的には日露戦争までの日本を憧憬を持って振り返るという感じでちょっと気持ち悪さがあると思ったが、とくに気になるほどでもないし、この僕の見方の方に問題があるのかもしれないのでよくわからない。
あとは日本とロシアとの交流について扱った部屋があって、ロシアの海軍の人が三笠に来ているらしいと知った。これは結局ロシアが勝ったからこういうことができるんだろうなとは思った(自衛隊の集団がエノラゲイを見に行くのはあまり想像ができない)

 ヴェルニー公園に向かって歩く途中の道では英語の看板が目立っていたり迷彩服を着た外国人に出会ったりしたので基地の街だなあという気持ちになった。(どぶ板通りってこんなに基地の近くにあったのか、はいふりが横須賀の街を再現しつつ絶対に基地を置かないのはしょうがないんだけど実際の街をみると結構不自然な感じがある)公園につく前にコースカというきれいそうなショッピングモールがあったので少しみよう思って入った、トイレの近くに軍港をめぐるツアーのチケット売り場を見つけてここで15:00からの便を買った。時間が余っていたのでヴェルニー公園を少し見て回った。この公園は幕末〜明治初期に日本の工業化を進めたフランス人技師をヴェルニーゆかりのフランス式の庭園だとあった。中にあるティボディエ邸は横須賀製鉄所の偉い人?のティボディエの家を再現したものらしく、結構新しかった。しかも中に3人ぐらいモダンな着物を着た案内人がいて横須賀市の謎のやる気を感じた。造船の学校が明治初期から横須賀にはあったらしくてその解説も多かった。明治初期のエリートがかなり好きなので興奮したが、時間が少ないのもあってあまり記憶できなかった。

 14:55にめぐりの埠頭に行き、めぐった。実際に正規軍の戦闘が起こってる中で軍艦でけーみたいなのを思うのは趣味が悪いとも思うが、軍艦でけーと思った。イージス艦を全部で10隻ぐらいみたし原子力空母も初めてみた。消磁所というのを知った。
岸に戻り、16時過ぎの京急で戻った